余命2年と言われた最初の1年半の闘病の記録 - ステージ4・グレード5・前立腺がんとの闘いの記録



私は2023年3月に前立腺がんと診断され、翌月にはステージ4・グレード5という非常に進行した状態であることが分かりました。完治の可能性は低く、当時の医師からは余命2年と告げられました。


最初に異変を感じたのは2022年11月です。そこからがんが見つかるまでに4か月以上かかった理由も含め、初回のブログでは、2022年から2024年にかけて私が経験した出来事を時系列でまとめてみたいと思います。細かい内容については、今後の記事で少しずつ書いていく予定です。


そして2025年には、前立腺とリンパのガンは縮小したものの、腰の骨と肺に転移したがんが再び活動を始め、別の治療が必要になりました。その話も追って書いていきます。

今日、この記事を書いているのは2026年3月30日。余命2年と宣告されてから3年が経ち、まもなく4年目に入ろうとしています。この時点で、抗がん剤は6サイクルを2回、放射線治療は約30回受けました。


今も生きていることに感謝しつつ、これからどれだけ生きられるのかは分かりませんが、私の闘病の記録を残していきたいと思います。


以下の期間で仕事は、途中、治療や体調が悪くなり何度も休んだものの、2023年の8月中旬まで継続しています。そして、仕事に完全復帰したのは2024年4月からとなります。

医療保険、生命保険、所得保障保険などにつきましても、この後のブログで触れていきたいと思います。

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【闘病の流れ:2022年11月〜現在までの概要】

※完璧ではなく、抜けている部分があるかもしれません。

■ 2022年:最初の異変

  • 11月21日:血尿 → 血液・尿検査は異常なし
  • 12月29日:血尿が続き再検査 → 異常なし

■ 2023年:がん発見と治療開始

  • 1月4日:尿漏れ → 検査は異常なし
  • 1月6日:膀胱エコー → 異常なし
  • 1月11日:血尿悪化 → 泌尿器科を予約
  • 1月25日:膀胱内視鏡 → 異常なし
  • 2月13日:血尿悪化 → 再検査も異常なし
  • 3月10日:血尿増加 → 追加検査を依頼
  • 3月20日:MRIで前立腺に影
  • 3月28日:生検(5カ所)
  • 4月14日:生検結果:前立腺の75%が悪性ガンと判明
  • 4月21日:PET検査 → 造影剤アレルギー
  • 4月24日:前立腺がんステージ4・グレード5、リンパ・骨・肺に転移
  • 5月〜9月:ホルモン治療開始、抗がん剤6回、各種検査、理学療法、ジム、カイロ、眼科など副作用対応
  • 10月〜11月:前立腺・リンパ・骨への放射線治療(20回+追加)
  • 12月:治療後の経過観察、メンタルケア、家族旅行など

■ 2024年:治療継続と生活の再構築

  • 抗がん剤の後遺症ケア、ジム、メンタルケア、医師のコンサルテーションを継続
  • 家族旅行も挟みつつ、体力維持と生活の立て直しを図る

■ 2024年3月以降の継続治療

  1. 3か月ごとのゴセリン注射
  2. 毎月のColecalciferol CA 1.25MG
  1. 毎朝のPrednisone(ステロイド)
  1. 毎朝のアビラテロン酢酸エステル(ザイティガ)
  1.  ※男性ホルモンの産生を強力に抑える薬
  1. 2か月ごとの専門医コンサル
  1. 筋力維持のためのジム通い

■ 2025年:再びがんが活動

  • 腰骨と肺の転移が悪化し、新たな抗がん剤と放射線治療へ
  • (詳細は別記事で書きます)

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最初のブログは時系列のまとめなので、少し読みづらい部分もあるかもしれません。カレンダーを見ながら書いたため、抜けている部分もあると思いますがご了承ください。

明日から、また闘病記を綴っていきます。


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