【がん再発の足音】ジョギング中の激痛と「今のうちに家族との思い出を作っておけ!」という宣告。私が新たな治療を求めた理由
2023年末、過酷な抗がん剤と放射線治療を乗り越え、前立腺がん(ステージ4・グレード5)の治療はひと段落しました。2024年4月には仕事にも完全復帰し、週に2〜3回のジョギングを日課にできるほど、私の日常は癌以前の状態に戻り、ごく普通の日常を送っていました。
しかし、2025年1月。再びがんが牙を剥き始めたのです。
忍び寄る違和感と、赤信号での激痛
発端は、2024年12月頃でした。会社で座って仕事をしていると、時折お尻に不規則な痛みを感じるようになっていました。しかし当時の私は、「デスクワークで長時間動かずに座りすぎているせいだろう」と完全に楽観視していました。この痛みが「がん」に関係しているなど、微塵も思っていなかったのです。
異変が確信に変わったのは、2025年1月中旬のジョギング中でした。 走りながら、なんとなく腰に痛みと違和感を感じていました。そして赤信号で立ち止まった瞬間、急に腰からお尻にかけて言葉を失うほどの激痛が走ったのです。あまりの痛さに体がブルブルと震え、私はその場で30秒ほど硬直して動けなくなってしまいました。
医師の真顔と、怒涛の「検査ラッシュ」
翌月(2025年2月)、がん専門医との定期診察がありました。私は世間話のつもりで「最近、腰とお尻に痛みがあって…」と伝えました。
その瞬間、医師の顔がサッと真顔に変わりました。 「すぐにPET検査とMRIが必要です」
えっ? これって、がんに関係があるの? 私は激しいショックを受けました。そこからは、再発の恐怖と戦いながらの怒涛の検査・治療ラッシュが始まりました。
【2025年 2月〜5月の闘病タイムライン】
2月4日・25日: がん専門医の診察。「腰の痛みはがんの可能性が高い」と指摘され、再び放射線と抗がん剤治療の準備に入る。
3月4日: 全身MRIスキャン(仙骨と肺にがんの活動を発見)
3月21日〜24日: 泌尿器科受診、血液検査
3月26日: 放射線専門医の診察(今回は「放射線治療を先に行う」と決定)
4月1日: PET検査(仙骨と肺のがんの位置・サイズを特定)
4月3日〜16日: 専門医チームとの会議、血液検査、放射線治療のプランニング
4月7日: 生検(仙骨からサンプルを摘出。肺からの摘出はリスクが高く不可能と判断)
4月22日: がん専門医の診察(この日から仕事を休職)
4月23日〜30日: 放射線治療(仙骨へ計5回の照射)
5月9日〜20日: 血液検査、CTスキャン(がんのサイズ確認)、専門医との診察
検査が突きつけた「希望」と「残酷な現実」
怒涛の検査ラッシュでしたが、決して悪いニュースばかりではありませんでした。実は、大きな希望となる嬉しい発見もあったのです。
それは、原発巣である前立腺、そして足の付け根のリンパや股関節の骨にあったがんは**「ほとんど消えていた」**ということでした。2023年に決死の思いで耐え抜いた抗がん剤と放射線治療が、予想以上の素晴らしい効果を発揮してくれていたのです。
しかし、手放しで喜ぶことはできませんでした。
新たに「仙骨」に、非常に大きな腫瘍が発生していることが判明しました。さらに、肺に転移していた無数の小さな点々のようながんは、2023年の発見当初から**「2倍以上の大きさ」**にまで成長していたのです。
がん専門医の言葉は、容赦のないものでした。
「肺のがんも、仙骨のがんも、決して軽視できる状況ではありません。あなたの抱える『グレード5』のがんは、非常に攻撃的で生命力が強い。だからこそ、多くの人が2年以内に亡くなってしまう。運が良くても5年です。」
消えたがんがある一方で、猛烈な勢いで進行する新しいがん。私の命のタイムリミットが、はっきりと数字で突きつけられた瞬間でした。
「旅行に行きたいなら、今のうちに」
そして迎えた、5月20日のコンサルテーション。 医師から告げられたのは、思いもよらないアドバイスでした。
「今のうちに家族との時間を楽しみなさい。後悔のないように生きなさい! もし旅行に行きたいと思っているなら、今のうちに行った方が良い。」
目の前が真っ暗になりました。 「今のうちに」とはどういう意味なのか? もう私には時間が残されていないということなのか? 妻と二人、「もう私は終わりなのか…」と深い不安と絶望に突き落とされました。
標準治療のその先へ。見えた「一筋の光」
「本当に、今の抗がん剤と放射線治療を続ける以外に道はないのか?」 私たちは必死に調査を始めました。既に癌専門医から、この国ではこれ以上の選択肢はない!と言われてしまいました。
今暮らしている国で認可されていなくても、医療の進んだ日本や他の国なら、何か違う選択肢があるのではないか?と考えたからです。
そんな時、日本の医療関係で働いている大学時代の友人が、ある情報を教えてくれました。
「標準治療ではないから確実な効果は分からないけれど、『NK細胞』と『樹状細胞』を使った免疫細胞療法というものがあるよ」
友人は私のために、様々な情報を集めて説明してくれました。もう後がないと感じていた私にとって、それは一筋の光でした。私はここで初めて、「NK細胞」と「樹状細胞」による治療を真剣に検討し始めたのです。
次回のブログでは、大きな決断を下し、この新しい治療を受けるために日本へと向かったお話をしたいと思います。


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